neieのルーツは、今からおよそ100年前に遡ります。
1924年に岐阜県飛騨市で生まれた「洞口」。
創業者の洞口吉三たちは、
河川や砂防ダム、道路や橋の土木工事を通して、
ながく地域の安心・安全を支えてきました。
やがて、建築にも事業の幅を広げ、
飛騨市の学校や図書館、文化交流センターをはじめ、
地域に根ざした施設を手がけ
人と街の風景を築いていきました。

洞口という会社は、
時代の変化に合わせて前向きに変わることを選び、
土木から建築、不動産、住宅と
自分たちのできることを一歩ずつ広げてきました。
「住」のすべてに関わることで、
理想の住環境をいくつもの場面で提供し、
ひとりの人が誕生してからその生涯を終えるまで、
ずっと寄り添うことができたら。
そんな想いで事業を広げ、つないでいきました。

住宅事業のスタートは、
今のneieのかたちとはまったく違うものでした。
ローコストメーカーが展開する
FCに加盟し、営業主導で家を売る仕組み。
プランの多くは営業によって立てられ、
設計士の描いた図面が、
営業の手によって修正されることもありました。
営業は「たくさんの家を売ること」を追い求め、
設計士は「いい家を建てること」を考える。
大きな溝が、そこにはありました。
ある年、営業が住宅設計のセオリーに則って
南側に大きな窓を配置したプランを提案したところ、
やがてその南隣に家が建ち、
採光も景色も失われてしまいました。
当時としてはお客さまのために
一生懸命考えて建てた結果ではあるものの、
申し訳ないという念が絶えませんでした。
そのような住宅を提供していいのか?
いい家とはなんだろう?
その答えを求めて、10年近く掲げてきた看板を外し、
新しい一歩を踏み出す決意をしました。

建築士の方々にお会いして、
居住建築における設計の大切さや
暮らしへの眼差しを、肌で学んでいきました。
営業を止め、建築士が自ら
お客さまと対話を重ね、プランを提案していく。
そんな構想が生まれ、そのための一歩として
自分たちが目指す家をかたちにした
モデルハウスを創り上げました。

しかし、モデルハウスを一棟建てただけで
何かが急に変わるわけではありません。
そのモデルハウスに立つ人が、
どんな姿勢や言葉遣いでお客さまに接するのか。
自分たちは何を大切にしていくのか。
時間をかけて、お客さまとの向き合い方や
設計に対する考え方の軸を固めていきました。
家づくりのプロセスをていねいに磨き上げ、
「ていねいと暮らす家」を提供したい。
そんなコンセプトに辿り着き、
2014年にneieがはじまりました。
自分たちが大切にするべきことが見つかると、
建築士一人ひとりがその軸に基づいて
「ていねい」な仕事を追求できるように、
家づくりに関わる行為を一つひとつ見つめ直し、
建築というプロセスそのものを
ていねいに築き上げていきました。
そして、何よりも大切なのは、
目の前のお客さまのために最善を尽くし、
自分たちに提供できる“いい家”を目指し続けること。
そんな日々が、10年積み重なり、
人も育っていきました。


洞口が創業100年を迎え、
neieが創設10周年を迎えた2024年。
私たちは、リノベーション事業という
新たな取り組みもはじめました。
これから人口が減少していく社会のなかで、
「今ある建物をどのように活用するか」
という視点も大切になってきています。
新築の戸建てを手がけてきたneieだからこそ、
暮らしのすみずみを総合的に見渡して、
いい家を、その先に広がる暮らしを、
より多くの方々に届けていきたいと考えています。

「人を育み、街を育てる。」
私たちneieがミッションとして掲げ、
大切にしている言葉です。
「ていねい」につくられた家で
自分にとって居心地のいい場所を見つけていくことで、
初めて出会う感覚、そこで生まれる感性。
人の心がそこで育まれ、
街が、世界が、少しずつより良い方へ向かってくれたら、
家づくりに携わるものとして、
これほどうれしいことはありません。

平屋
岐阜県飛騨市
多彩な時を楽しむ暮らし
平屋
愛知県安城市
翠蔭の住まい